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京都地方裁判所 昭和43年(行ウ)115号の8 判決

原告 丸山順三

被告 中京税務署長 ほか一名

訴訟代理人 井上隆晴 河原和郎 中山昭造 北野節夫 ほか五名

主文

一  被告中京税務署長が原告に対し昭和四〇年一〇月一五日付でなした原告の昭和三九年分所得税の総所得金額を八四万三六〇〇円と更正した処分のうち、二六万三七〇〇円を超える部分を取消す。

二  被告大阪国税局長に対する訴えを却下する。

三  訴訟費用中、原告と被告中京税務署長との間に生じたものは同被告の負担とし、原告と被告大阪国税局長との間に生じたものは原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実(本件更正処分および裁決の経過)については当事者間に争いがない。

二  原告は、本件更正処分のうち総所得金額が原告の確定申告額を超える部分は被告署長の過大認定であつて違法である旨主張するので、まず被告署長主張の課税根拠について判断する。

1  (推計の必要性)中京税務署の調査担当官が、原告の昭和三九年分所得税に関する調査のため昭和四〇年夏頃に三回ほど原告方へ赴いたが、原告と面談できたのは一回だけであつたことは当事者間に争いなく、〈証拠省略〉ならびに弁論の全趣旨によれば、右面談の際、右調査担当官が原告に帳簿、伝票等営業関係の書類の提示を求めたが、原告は「知人関係を巡回して出張販売しているから記帳の必要はなく、また仕入も室町方面とか大阪の丼池筋での現金仕入であるから、営業関係の書類はない」と答えて帳簿等を提示しなかつたことが認められ、〈証拠省略〉中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告の取引先からする調査(反面調査)

を含めて実額調査は極めて因難であることが認められるから、被告署長が総所得金額の算定根拠のうち(雇人費、支払利子および専従者控除の各金額については当事者間に争いがない)収入金額と売上原価および一般経費を推計により算出したのもやむをえなかつたものというべきである。

2  (推計の合理性)次に、実調資料による右推計の合理性について検討を加えることとする。

(一)〈証拠省略〉によれば、被告局長は大阪国税局管内の全税務署八三署のうちA級税務署四三署(大阪、京都、神戸の各市内署およびその周辺の一定規模以上の大きな税務署である)に対し「所得税同業者調査票の提出について」と題する昭和四四年九月二日付通達を発したこと、A級税務署の管内に属する納税者数は大阪国税局管内の納税者数の約八〇パーセントに達すること、A級税務署は右通達に基づき、自署管内で洋品雑貨(販売小売)業を営む個人事業者の昭和三九年分所得内容につき、青色申告者については帳簿の実地調査を、白色申告者については収支実額調査を行つたもの(推計によるものは含まない)のうち当該年度中に開廃業したもの、洋品雑貨(販売小売)業以外の業種と兼業していて会計上その兼業との区分が不可能なものおよび作成時に不服申立ないし訴訟で係争中のものを除外したうえ、同業者調査票という形式に整理して被告局長に報告したこと、右調査票を基礎として集計整理すれば別表のとおりとなることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、別表記載の同業者は大板国税局管内の大多数の納税者が属するA級税務署管内から客観的な基準によつて選択されたものであるからその選択にあたつて恣意の介在する余地はなく、また所得内容についても、実額を基礎として実地に調査したうえ、年度途中の開廃業などの不確定要素を除去したものであるから、その数値に関しては、一般性を有しかつ正確なものであるといえる。従つて、右数値は同業者の従業員一人当りの収入金額等を推計するに際して参考に値するものである(もつとも、その平均値が、同業者間の営業形態、営業規模ないし従事員数等の個別的条件を全く捨象しても、通有性を有するというものではない)。

(二)  ところで、原告が昭和三九年当時、洋品雑貨(販売小売)業を営んでいたこと、その頃の営業形態が、烏丸三条の市外電話局ほか五か所(いずれも京都市内)の電報電話局へ平日に一か所ずつ出張して販売するほか、安井病院とか知人宅を巡回訪問して販売する出張販売であつたことは当事者間に争いがなく、〈証拠省略〉によれば、右各局においては、食堂の前の廊下とか入口附近にある階段の下などで各局から借りた机(半坪位)の上に出張の都度自宅から自動車で運んできた商品を並べて販売していたこと、原告はその収入のほとんどすべてを出張販売によつて得ていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定事実によれば、原告の営業形態は出張販売であつたというべきである。

なお、被告署長は原告が自宅で店舗販売もしていたと主張するので判断するに、〈証拠省略〉によれば、昭和三九年当時の原告宅は道路から臨んで右側に透明ガラス戸の出入口があつて、これを入ると半坪位の土間があり、その右側に幅一間位で三段ないし四段の陳列棚が設けてあり、その左側にある四坪位の畳または板敷の間は商品置場になつていたこと、そこでの販売小売を全くしなかつたわけではなく、主として留守番をしている原告の母がこれを担当して毎日三〇〇円位(稀に一〇〇〇円ないし二〇〇〇円)の売上があつたものの、原告宅の道路側は右出入口を除いて磨ガラスの窓と壁であり、看板等もなかつたため、その客も原告宅で洋品雑貨を販売していることを知つている近隣の者に限られていたことが認められ、〈証拠省略〉中右認定に反する部分はいずれも措置できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の原告宅の外観、構造及び販売設備と原告の販売商品が洋品雑貨であること(前示のとおり)を併せ考えると、原告宅における右の程度の販売小売をもつて、販売のため商品を陳列展示する設備のある建物(店舗)において来集する不特定多数の客に対して販売することを要素とする通常の店舗販売とみることは困難である(<証拠略によれば、原告は原告宅を「店舗」として損害保険をかけたことが認められるが、これは右判断を左右しうるに足りるものではない)。

(三)  しかるに、前示同業者調査票の作成にあたり調査の対象とされた洋品雑貨(販売小売)業者の中に出張販売を営業形態としている者が含まれているかどうか明らかでないことは被告署長の自認するところであり、出張販売は通常の店舗販売と営業形態を全く異にするものであるから、出張販売による売上金額、必要経費等について通常の店舗販売と同視することには疑問を呈せざるをえない。従つて、原告のような出張販売による洋品雑貨業者に前示同業者調査票に基づく数値を適用することに合理性が認められるためには、被告署長において、業種の同一性のほかに少くとも、出張販売によつた場合の所得率および従事員一人当りの収入金額が一般的に、通常の店舗販売による場合に劣るものではないことを主張立証しなければならないというべきである。この点につき被告署長は出張販売の方が通常の店舗販売による場合よりも一般的に利益率は大きい旨主張するが、本件全証拠によつてもこれを認めることはできないうえ、従事員一人当りの収入金額が通常の店舗販売の場合に較べて一般的に劣るものではないことの主張はない(むしろ、通常の店舗販売に較べて売上額の少いことは被告署長の自認するところである)。

そうである以上、右の点を明らかにしないまま、別表記載の同業者らの従事員一人当りの収入金額および標準外経費控除前所得率の平均値を漫然原告に適用して算出された本件推計所得額を原告の所得実額に近似するものと推定することは、合理的根拠に欠けることになり、結局本件推計の合理性は認められないというべきであるから、被告署長のなした本件更正処分は、その余の争点について判断するまでもなく、違法なものとして取消を免れない。

三  次に、原告の被告局長に対する請求について検討する。

行政事件訴訟法三三条一項は「処分又は裁決を取り消す判決は、その事件について、当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束する」と規定する。右規定の趣旨は、取消判決の実効性を担保するため行政庁に対し判決の趣旨に従つて行動すべき実体法上の義務を課したものと解すべきである。更に、右規定における「その他の関係行政庁」とは、取消された処分または裁決を基礎または前提とし、これに関連する処分または附随する行為を行う行政庁をいうと解すべきところ、本件における被告局長は、被告署長のなした原処分の適否を審査する裁決庁であるから、右規定における「その他の関係行政庁」に該当するものといわなければならない。

そうすると、被告局長は、被告署長のなした原処分を違法として取消した判決と抵触する判断はできないこととなるから、原告の被告局長に対する裁決取消の訴えは、その利益を喪失し、却下を免れない。

四  以上の次第であつて、原告の被告署長に対する本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告局長に対する本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上田次郎 孕石孟則 松永真明)

別表〈省略〉

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